TEXT:篠原 雄之
山田
それでは、【Le toit】(ルトワ)のオープン生取材をはじめたいと思います。本日のテーマは、「ソーシャルインクルージョン」ですが、まずは、私たちがなぜこの考え方をテーマにweb新聞をつくろうと思ったかについてお話させていただきたいと思います。
僕は、ソーシャルクリエイティブプロデューサーという肩書きで、社会的な課題を広告の手法を用いて伝えたり、解決する仕組みを考えたりする仕事をしています。今回、このようなメディアを作ろうと思ったのは、伝えなきゃいけないことがたくさんあるのに、まだまだ伝えきれていないなぁというイラダチからなんです。日本は課題先進国と言われています。超高齢社会、自殺者・孤立死ともに3万人、先進国で2番目の相対的貧困率、子どもの6人に1人が貧困児童、労働人口の3分の1が非正規雇用で、先の見えない被災地のつらい状況もある。まず、その事実がまだまだ伝えられていないと。
その一方で、今、安倍さんが目指しているのは、「日本を世界で一番企業が活躍しやすい国にする」という政策です。解雇特区をつくろうとか、派遣社員をずっと雇えるようにしようとか、規制緩和して民間の参入を進めようとか、いわゆる新自由主義的な流れ。企業にたくさん儲けてもらって、その分を労働者に、社会保障に、という考え方です。それって、小泉さんの時と同じ流れになっているような気がします。
あの頃、大企業が最高利益をたたき出し、格差社会がひろがった。その時の感じになんだか似てきた。働くみんながきちんとそれを理解し、その経済政策を支持しているとしたら、国民の選択だからいいと思うのですが、知らずに雰囲気で支持しているとしたらどうなんだろう?ちゃんといろんな考え方を知った上で、経済政策とか社会政策の選択をしなくてはならない時にきているのではないかと。だからまずはみんな、もっと知ろうよ、考えようよって思いweb新聞をつくることにしました。
ということで、本日はお二人のゲストをお呼びしております。ソーシャルインクルージョン(社会的包摂)という考え方を、様々な活動を通じて実践されてきた社会活動家の湯浅誠さん。そしてNHKを辞められて市民ジャーナリストを養成し、オープンジャーナリズムを実現していこうとされているジャーナリストの堀潤さんです。よろしくお願いします。
湯浅
よろしくお願いします。
山田
まず、湯浅さんにソーシャルインクルージョンという概念についてお話していただきたいです。図を用意してきましたので、こちらで説明していただけますか?僕の手書きですが。
湯浅
はい。わかりました。今までの社会モデルは、正社員の父、専業主婦の母、そして子供が2人。それをベースにしていました。家族は正社員の父が守り、正社員の父は、会社に守られる。そして、その枠に入らない人たちは、生活保護とか年金とかで支えていたんですね。ウチの親父は37才で一戸建てを建てました。父は大手新聞の記者だったのですが、銀行から有利な金利でお金が借りられたんです。そういう意味で、家族を会社がバックアップし、会社を国がバックアップする。第3号被保険者、サラリーマンの奥さんも保険で守られています。そういう基本モデルがありました。しかし、それがバブルが崩壊し、小泉さんの時代、リーマンショックを経て、そのモデルでは救えない人たちが大量に出てきたわけです。非正規の900万人が女性、300万が男性の合わせて1200万人。リーマンショックのちょっと前に非正規問題が顕在化しました。
今までの社会保障 基本モデル
3人に1人が非正規労働者です。今までのモデルでは守ることはできませんね。実体経済の様子とは全然違うということが、2005年あたりから、現れてきました。
今までの社会保障モデルでは支えきれない社会へ
山田
僕の実感レベルだと、競争社会というか、ギスギスした感じが会社の中で現れてきたのはやっぱり小泉さんの時からですよね。
湯浅
歴史的に言いますと、90年代なかば、日経連が雇用形態を3つに分けて、「新時代の日本的経営」という報告書を書きました。これは、男の非正規化が出てきたと言う事なんです。男まで届いてから世の中が騒ぎだした。でも実は、女性は元々非正規が多く、今でもそうですが、「お小遣い賃金」と言われる女性の非正規雇用に対する扱いの悪さは、問題として顕在化していなかったんですね。そこに男性が入っていったので、問題になったんですよね。
山田
それが、小泉さんの時になって、製造業への日雇い派遣がいっきにひろがって、格差がひろがった。そしてリーマンショックになって、彼らがいっきに解雇されて、湯浅さんが村長をつとめられた年越し派遣村ができた。
湯浅
はい。そして、ここ10年のうちに、今までの社会保障では支えられない、社会的に排除された人たちがメジャーな存在になってきた。そこで、もう一度、排除されている人たちに「居場所」と「出番」を提供することでつなぎ直したり、社会参加を促すことで、社会全体を豊かなものにしていくという考え方が出てきました。それが「ソーシャルインクルージョン(社会的包摂)」なんです。
ソーシャルインクルージョン(社会的包摂)のイメージ
山田
もともとヨーロッパで生まれた言葉ですね。サッチャーが新自由主義的な政策をバンバンと打ち出していったその反動で、格差社会が進行し、暴動が起こったりしていたヨーロッパで、社会的に排除されている人たちをそのまま放置するのではなく、一緒に社会参加を促して、社会を豊かなものにしようという目的でうまれたんですね。ちなみにこの新聞名である「Le toit(ルトワ)」はフランス語で「屋根」という意味。ひとつ大きな屋根の下、みんなが支え合って生きていける社会になるといいなぁと思って、ソーシャルインクルージョン発祥の地、フランスの言葉で表現しました。
湯浅
「社会的排除」であるとか「社会的包摂」ってけっこう説明が難しいんです。イメージを持っていただくために具体的な例でお話します。
山田
お願いします。
湯浅
例えば高齢者の虐待というのがあるのを、ご存知ですか。実は、介護が原因で虐待をしてしまう人で一番多いのが息子さんなんです。本来、会社の中心として仕事をしているはずの人が、親の介護を理由に会社を辞めてしまう。これを「介護離職」と言います。介護離職は年間15万人くらいいます。そして、そういう人のことを、「社会的排除」というんです。問題は、みんなが「その人は仕事が続けられるといいのに」と思うのに、仕事を辞めなければならない、というところなんですね。明確な犯人がいないという事なんです。さらに言えば、これは、社会全体が犯人なんです。そこで、そんな社会的排除をなくしていくのが社会的包摂、ソーシャルインクルージョンなんですね。子どもを抱えて仕事に就けない母親を仕事に就けるようにしたり、ニートやひきこもりに社会に参加してもらうため、まずはジョブトレーニングをしてもらうというのも、ソーシャルインクルージョン。
山田
ヨーロッパではメジャーな考え方で、EUが2010年に発表した成長戦略にもバッチリ入っていたりします。堀さんに伺いたいのですが、アメリカではどうですか?僕のイメージだと、インクルージョン社会の対極にいる国というイメージがありますが。徹底した競争社会で格差社会っていう。
貧困問題は、オバマ政権の最大の課題です。依然として貧富の差は埋まらない。大学院を出ているのに就職出来ない若い世代の人が、資本主義に歯止めをかけるべきだと主張しています。先進国No.1の貧困率ですから。ちなみに日本はアメリカについで第2位です。
山田
貧困率が2位ってよくよく考えて見ると、すごいことですよね。でも、ぜんぜん知られていない。景気に水を差すからメディアも扱いたくないんでしょうか、と思ってしまいます。話をアメリカに戻します。
ただ、アメリカは格差社会だけど、地域のコミュニティがしっかりしている面もあります。アメリカという国は、様々な地域社会の集合体であり、その集合体内で維持しようとするため、国家の役割と生活していくためのコミュニティがしっかりと線引きされているんです。
湯浅
アメリカの方が日本よりもコミュニティの結束が固い?
アメリカの地域のコミュニティでは、パブリックミーティングが機能していて、現状の課題をすぐに住人同士でシェア出来る環境にあるんです。そこで住人が話しあって、それを行政に反映させられる回路がある。日本の場合、課題の顕在化に時間がかかりますね。日本も対話をするような場をもっと作るべきで、国レベルではなく、小さなコミュニティレベルで、どう課題について対話し、シェアをしていくかが、日本の課題解決の近道なんじゃないかと思っています。
山田
堀さんは日本における格差の問題はどう考えていますか?
同じ年頃で同じ労働条件で、正社員かそうじゃないかで、いろんな待遇に違いが出るのは、やはり間違ってると思います。ただ経済が回り続けている中、改善するのはなかなか難しい。企業側も新しい装置をつくって自らの意識改革をしていかなくてはならないと思います。労働人口の3人に1人が非正規労働というのは驚くべく数字です。そりゃ、結婚とかなかなかできませんし、少子化は進むわけですよ。
山田
にも関わらず、国はさらに正社員を減らし、労働コストを下げるために、派遣社員をもっと増やそうとしている。そんな流れに対して、労働者側がなんとなく傍観者でいる。ただ、ぼーと川の流れを眺めている、そんな状況をなんとかできないかなと思います。こういった新自由主義な流れとか、グローバル企業が大活躍できるような社会システムを作っていこうという流れは、止めようがないのでしょうか?
残念ながら、資本主義最後のフロンティア、アフリカが経済発展するまでは、この流れは止まらない、という説もあります。
山田
これからいったいどうしたらいいのでしょうか?
まずは、自分の身近で困っている人がいたら気に掛ける、そんな人たちの小さな行動の連続が、この国の改善に繋がると思います。だからメディアは、政治や政治家ばかりを叩くのではなく、一人ひとりに国を変えることが出来るという意識を植え付けていく役割を担うことも大切だと思います。
湯浅
そうですね。「○○が悪い!」と指差した先には、自分がいる。誰かの問題と言っているだけではなく、それについて自分がどうすればよいかと考えた時、自分の問題となる。そのような問いの立て方が世の中の発展に密接に関与している。
私は最近、街頭インタビューする時に、こう訊くようにしてるんです。「社会には問題がたくさんあります。それについてあなたは何をしますか?」と。今まで「国のどこがいけないと思いますか?」とか「困っていることは?」なんて訊いていたんですが、「あなたは社会を変えるために何をしますか?」ってあえて訊くんです。すると、みんな考える。はじめて考える。そういうことがすべてのはじまりのように思うんです。
山田
堀さんがいま8bitNewsでやられていることは、まさにそういうことですよね。市民ジャーナリストを養成して、日本でオープンジャーナリズムを実現していく。
イギリスの新聞ガーディアンは、オープンジャーナリズムを推進するって宣言しています。編集長が言っているんですが、「我々ジャーナリストは世界で唯一の専門家ではありません。一般の皆さんが協業してニュースを創ると言う事が、この複雑な世界には必要なことだ」と。そういう事を日本でもやりたいんです。
山田
いいですね。ウチの子どもなんかも、スマホをどんどん使っちゃうんですけど、こどもジャーナリストっていうか、映像も撮るし、編集も多分できます。「1億総ジャーナリスト」みたいになったら、政治とみんなとの距離がもっと近くなるかもしれません。
湯浅
いいですね。
山田
このあたりで、会場のみなさんからの質問を受け付けたいと思います。
参加者
世の中が勝ち組とか負け組とか、弱者が傷つく社会に疑問を抱く事ができました。洋服ダンスに例えると、派手な洋服は目につきやすいのに、地味なものはどうしても目がいきにくい。そういった、地味だけど、大事なものに、皆さんが光をあててくださればな、と思いました。
それで、あなたは何をしますか?この明日から何をしますか?
参加者
自分に何ができるのか、それを考えてみることが大切なんです。
参加者
なるほど、ありがとうございました。
山田
洋服ダンスの例で言うと、今って、同じ色の服にしようって感じがして、なにか違和感があります。新自由主義とか、グローバリゼーションとかって、世界を画一的均一的にして、かつ、人をバラバラにするような雰囲気があって、それがすごく違和感があるなあって。いろんな国や地域があって、いろんな人がいて、いろんな個性があって。生物多様性って、植物の世界では良く言われますけど、人間だって、そうですもんね。
湯浅
そうですね。ダイバーシティ形成だって、その方が効率が上がるとか、いろんな実証研究がされてますし、都会と地方の特色の違いなんかも、地方が東京になりたい、となると、うまくいかないですよ。多様性がないから。
なんか、大それたことじゃなくて、自分のできることを、まずやってみることが大事で、それが、それぞれ個人にしかできないことで、多様性を生み出すんですよね。
山田
いやあ、対話って、日本人はまだ慣れていないんですよね。ヨーロッパでは、フューチャーセンターとか市民や行政の人達が地域の問題について話し合って、問題を解決していくような形がありますよね。日本の議論は、ただワーワー言いたいこと言って、歩み寄りなし、解散!みたいな感じがあって、それはどうなのかと。
湯浅
そういうフューチャーセンターみたいなやつを作っちゃえばいいんですよ。オランダでも、そういうものは市民の積み重ねが、行政を動かした、ということなんですよ。日本でも、そういう動きを作り出さなきゃいけないんですよ。
山田
次の質問ありますか?
参加者
私たちもどちらかと言えば支援者の側で、困窮者の人々の連帯に私たちが関与しなければならないのか、そうでないのかについて聞きたいです。
派遣ユニオンというのが、まさにそれの一つの解だと思いますね。あとは、保険制度なんかもそうですよね。
湯浅
僕はワーキングプアの保険制度を作っていますよ。毎月300円を掛けていくと、仕事休んだ時に最大3万円の給付が得られると。病院の診療証明書なんかは、受診できない人もいるから、市販のレシートでいいから、それで下りるように。実際はフリーライダーなんかはいなくて、もう6年、数百人規模で回っていますよ。社会的排除に関してですが、私たは加害者と被害者の側面があるんですよね。なにかの拍子に介護が必要になるかもしれない。その時、直面するんですよ。介護はだれもやってくれない。自分か兄弟がどうにかしなきゃいけない、って。でもそれまでは、私たちは加害者なんですよ。まあ、自分は仕事続けられればいいよね、って言ってるだけで。何もしなくたって、罪悪感もないし。いつも潜在的に加害者で、ちょっとの拍子にすぐ被害者になる。そういうことも含めて、私たち全体が、社会全体が、当事者なんだ、と気付いてほしいですね。社会の当事者として問題に取り組む必要がある、と。
山田
ところで、労働組合って形骸化してませんか。労働組合にいる人の方が出世する、とかよく聞きます。働く人の味方であるはずの労働組合が機能していない。1つの企業に2つ組合があって対立しているとか。
ただ、派遣ユニオンは動いてくれますけどね。
山田
派遣ユニオンって、労働組合は基本的に正社員が入るものですが、そうじゃない非正規の方々の組合ですよね。誰でも入れるっていう。
はい。僕の所に、原発作業員の内部告発者が来て、顔出しのインタビューに答えてくれて。その人をどう守ろうか、と言うときに、やっぱり派遣ユニオンに紹介して、すぐ書面を作って、それだけで東電は全く手出しできなくなって。そういう、労働法や様々な手続きに詳しい労働者の味方がいるっていうだけで、違いますよね。
山田
いろんな活躍を組合だとか派遣ユニオンだとかしてるんでしょうけど、いまいち伝わってこないのはどうしてでしょうか?僕の方に心のバリアみたいなのがあるんでしょうか。組合、怖い。ヤバい、みたいな。
湯浅
企業の社会的責任ではなく、労働組合の社会的責任って、なんだ?というのは聞きたいですね。
山田
CSRじゃなくて、ユニオンソーシャルリスポンシビリティ?USR?次、ぜひ、労働問題とか組合とかについてオープン取材やってみたいと思います。そろそろ時間がきてしまいました。みなさん、どうだったでしょうか?
今日の話をきいて、皆さんが少しでも、何かを持ち帰ってもらって、自分にできることは何だろうって、テンションがちょっとでも上がってもらったら、うれしいですね。
山田
そうですね。自分でできることをする。僕は広告屋なので、伝えることをする。それと今日、お二人と話をしてよかったなぁと思ったのは、最初、社会活動家、ジャーナリストって、もっとマッチョといいますか、激しく人を論破していく、みたいなイメージだったんですけど、お二人ともとても穏やかで、とても居心地のいい対話をさせていただき、あ、そっか、社会を変えていくやり方として、この感じいいなって思ったんです。
湯浅
最短の道をめざしましょう、ってことなんですよ。カッカすれば最短ではない、という事なので、そうしているんです。
山田
今後ともこれも何かの縁なのでいっしょにやっていきましょう。本日はありがとうございました!
湯浅
ありがとうございました。
PROFILE(写真左)【山田 エイジ(司会)】Le toit編集長 / ソーシャルクリエイティブプロデューサー。3.11を機に社会問題を広告的手法で解決していく活動を開始。NPO法人Better than today.代表理事。復興支援団体のPR動画サイト『チャリTV』、お悩み相談アプリ『moyatter』制作、中小企業の技術×社会的課題 Future Garage プロジェクト、他。
PROFILE(写真中)【湯浅 誠】社会活動家。東京大学法学部卒。2008年末の年越し派遣村村長を経て、2009年から3年間内閣府参与に就任。内閣官房社会的包摂推進室長、震災ボランティア連携室長など。著書に『ヒーローを待っていても世界は変わらない』『反貧困』『岩盤を穿つ』『貧困についてとことん考えてみた』など多数。
PROFILE(写真右)【堀 潤】ジャーナリスト。市民ニュースサイト「8bitNews」主宰。立教大学文学部卒業後、2001年NHK入局。2013年4月1日付でNHKを退 職。『僕がメディアで伝えたいこと』『僕らのニュースルーム革命』などを執筆。ドキュメンタリー映画『変身Metamorphosis』監督。