PROFILE【堀 潤】ジャーナリスト。市民ニュースサイト「8bitNews」主宰。立教大学文学部卒業後、2001年NHK入局。2013年4月1日付でNHKを退職。『僕がメディアで伝えたいこと』『僕らのニュースルーム革命』などを執筆。ドキュメンタリー映画『変身Metamorphosis』監督。公式サイト/http://8bitnews.asia/
聞き手:山田エイジ/構成:松澤有紗

NHKを辞めてまで、やりたかったこと。

山田
堀さんがNHKを辞められてまで、やりたい事って何ですか?
今まで、発信者というと、ある特定のメディアの人がメインだったと思うんです。でも、今これだけ社会が複雑になって、すごいスピードで動いていて、しかもなかなか外からは見えにくい社会問題がひろがっていく中で、一人のメディア人が何かを取材してそれを皆に提示していくというのは限界があるのではないかと感じています。
それならば、現場にいるそれぞれが、また、問題や課題に直面している皆さん一人一人が発信していくようなことを、もっと大きなムーブメントにしていけたらいいな、と。そして、そのためには僕がメディアで働いてきたことで得た技術や経験、そして周りにいる人々の人脈をつないで結集させることで、個人の発信力を強化するということをやってみたいと考え、NHKを辞めたのです。
山田
辞めずに出来る事もあったと思うのですが、あえて辞めたのはどうしてですか?
NHKの局内にいてやれるということには、限界があると感じました。それは、やっぱりスピード感が欲しかったんですね。東日本大震災が起きて、原発事故が起きて、あんなにしんどいことがたくさんあって、もう二度と起きないでほしいなと思う一方で、いろいろな災害のリスクは高まっていますよね。 いつ、どこで何が起きてもおかしくない状況で、スピード感が大事だと思ったんです。
その時に、NHK以外の他のメディアにいる人々を見渡してみたら、僕と同じような思いで、『もっと役にたつことをやろう!どんどん自分の力を役立てようよ』という人たちがいることがわかったので、『じゃあもう、NHKをぽーんと出て、みんなの力を結集させる橋渡し役になるのもいいかな』と思いました。みんなの力で変えた方が絶対速いですから。
山田
先ほど、複雑化した社会とおっしゃっていましたが、それ故にスピード感が大事ということなんですね。テレビって、一つのニュースがものすごい短い時間で語られなければいけないってことがありますよね。その辺のジレンマも感じられたそうですね。詳しくお話していただけますか。
そうですね。一つのニュースにかけられる時間は1分から2分なんです。でもそんなに、世の中の問題や人の人生って簡単ではないですよね。本来なら、時間をものすごくゆっくりかけたりとか、お話していること全部をきちんと伝えたりしなければならないのですが、テレビのメディアだとまだまだ限界があると思いました。
それだったら、インターネットの力も、もちろんテレビの力も掛け合わせる形で補っていきたいと考えています。一方的に『この人の主張はこうです』と決めつける方法であったりとか、ある社会問題の一部だけ切り取って投げかける方法っていうのは、みんなもあきらめているというか、うんざりというか、『もっと本質的なことはたくさんあるでしょ』って感じている部分があると思うんです。 インターネットの力も、個人の発信も、そしてもちろん専門のジャーナリストの力も使って、みんなが一つになり新しい発信をしていきたいと思っています。

複雑化した社会において、マスメディアの報道には、限界がある。

山田
そこで必要になってくるのが『オープンジャーナリズム』ということですか?
オープンジャーナリズムっていうのは、ある一人のジャーナリストが物事をすべて取材して解決して提示していくということは、不可能なんじゃないかという考えに基づいて始まったムーブメントなんです。
一つのニュースの情報を公開して、一般の人達、様々な専門的知識を持った人達、様々な知見を持った人達が一緒になってニュースを調理していく、より深めていく。そして、スピード感を持って解決策を探って行くというのがオープンジャーナリズムの理想なんです。
今ある原子力発電所の問題、原発事故の問題、汚染水の問題、というのは、なかなか解決策が見えないですよね。こういったものこそ、オープンジャーナリズムの観点というのは必要です。なにか情報を出す、情報を公開する、そうしたら、それに対する解決策、いろいろな知恵、課題を指摘する視線というものを世界中から一斉に集めなければならない。そのためには情報公開されたものにおいて、仲間達や、一般の人達、ジャーナリスト達が集って一斉にその問題についての解決策を編み出していくようなことが今、必要だと思うのです。
原発の事故だけではなくて、非常に厳しい生活環境に置かれているとか、お母さん方が働きながら子供を育てるのは大変だとか、こうした中で孤立している状況が生まれていたりします。また、病気を抱えていて、その病気の解決策がなかなか見いだせなくて困っているなど、そういう人達の情報がどんどんあがってくれば、「あ、その知識は僕、持っている」「その方法、私、知っている」「ここには、こんな情報ありますよ」と、日本だけではなくグローバルに世界中から集められるような、そういうことが連鎖していけばいいんじゃないかな、と思います。
山田
8bitNewsを立ち上げてどれくらいになりますか。
立ち上がったのが去年の6月で、まもなく1年半になります。8bitNewsというのは、『パプリックアクセス=誰もが電波を使える権利』を実現させて、オープンジャーナリズムを実践していこうという理想で始まったNPOなんです。
オープンジャーナリズムを実践していこう、情報を公開して、みんなに様々な知見を集めてもらおう、と。ただ、同時に『やってください』とだけ言っても、すぐにはうまくいかないですよね。みんな、個人で発信は始めていますが、ちょうど今、迷っている時期だと思うんです。
『どんな風に伝えたら、きちんと自分の思いが正確に伝わるんだろう?』、『誤解されないで伝わるんだろう?』『誤った情報を出していないだろうか?』そういったことを、僕らメディアにかかわる人間が一緒になって、発信したいという人達を支援するワークショプを開いたり、一緒に編集したり、映像を撮りに行ったり、取材をしに行ったりする。こうした経験をたくさん増やしていくことでメディア人達の経験、機能や知識を、発信したいと思っているそれぞれの一般の人達たちと共有していく。
『一般』というと、無知な大衆というイメージを持つ人が多く、『一般の人達は何もわからないから私たちが教えてあげましょう』となる。でも、実はそうではなくて、一般というのは、それぞれが生活の中で専門的なことを培ってきた人達だと思うんです。『会社員として30年勤めていました。その間に半導体を扱い、やりとりしていました。』といえば、その方は30年の半導体の専門的知識があるわけじゃないですか。
主婦だってそうです。毎日のお弁当を作って、『子供が喜ぶようなかわいいデコレーションをどうしようか?』と、これもその方の専門的な知識、技能ですよね。例えば、原発の中の作業員の方、メーカーの方、それぞれの分野で専門的な知識を持っている人は多いわけです。
オープンジャーナリズムを実践するには、
情報を公開して、場をつくること
発信者の力を底上げしていくこと
これらが大事だと思います。そのための実践の場、訓練の場として8bitNewsが機能していきたいな、と思っています。

市民の発信力をあげていくことで、社会を変えていきたい。

山田
12月にwebサイトの再立ち上げを予定されていますが、具体的にはまず、どんなことをやるのですか?
新しく再オープンする8bitNewsですが、大きなな柱は、市民ジャーナリスト向けのクラウドファンディングを立ち上げるということです。
やはり取材するのにもお金がかかりますし、発表するにもいろいろな資金が必要になってきます。それをみんなで支える仕組みをやっていきます。
そしてワークショップの強化です。一人一人の個人の発信力を高めるために、子供から大人まで、色んなジャーナリストや撮影技術者たち、編集技術者たちを主役にして、みんなで発信力を高めるワークショップを頻繁に開いて行きたいと思います。
山田
『複雑化している社会』とおっしゃっていましたが、具体的にどんな状況があって、どんな状況に変えたいのか、ということについて、お話をお願いします。
今、1年間働いても年収200万円以下という人がどれくらいいるのか。実をいうと、労働人口の4分の1にあたる1100万人いるんです。働いても働いてもお金が得られない、いわゆるワーキングプアという状況ですよね。
そういう中で、『この国をどうしよう』、『自分の未来をどうしよう』ということを一生懸命考えるほどの余力がないんじゃないかな、と思っています。
それだけに、貧困を含めて見えにくくなっている社会問題がたくさんあって、その中で、問題がなかなか解決しなかったり、立ち往生して困っている人達がたくさんいるんですよね。そういう皆さんをまず支援していきたいのです。
もし、こうした方達の気力があがってきたり、やる気が取り戻せた、心に余裕ができた、という時には、『自分たちはこんな問題で今、困っているんだ』ということをご自身がスマートフォンから発信してもらうような。1回発信してもらえたら、それをキャッチして、僕らで『よし解決策を考えよう!』という呼びかけをやっていくような、こういうことを広げていきたいのです。
とにかく、今困って立ち往生している人はたくさんいますので、そういう人達が少しでも減るような社会になるよう『発信力』ということを解決策として提示していきたいと思います。
山田
日本はまだまだ市民レベルで発信していこうという意識には至ってませんが、そんな状況に対してどうしていくべきと考えていますか?
昔からよくインタビューする時に、『この国がよくなるにはどうしたらいいと思いますか?』と聞いていたんです。そうすると『政治を変えなければいけない』、『大企業中心じゃいけない』、『支援策をどんどん充実させなければいけない』、『まだまだやらなきゃいけないこと一杯あるけど、政治家やってないよね』とか、みなさんの不満とか不平はどんどん入ってきていたんです。
それをよくテレビで流していたのですが、でも、ある時思いました。『これじゃあ世界は変わらないだろうな』と。そこで僕は質問の仕方を変えたんです。『この国にはまだまだ変えなければいけないことがたくさんありますよね。そのためにあなたは何をしますか?』という風に聞くようになったんですね。『あなたは何をしますか?』『えっ?オレがですか?』『えっ?私がですか?』『ええそうなんです、ご主人が今の政治状況や経済状況を変えるには何をしますか?』
そうしたら皆さん、『じゃあ、僕だったら、、』とその瞬間に考え始める様子がよくわかったんです。だから、僕としては、『この国を変えるのは自分たちなんだ、この問題をよくするのは自分たちなんだ』という意識を少しづつ少しづつ広げていって、一人一人が実行者になっていくようなことを呼びかけていきたいと、今思っています。